③ハラスメント

第23回:『うちは問題ない』と思っている会社ほど危ない  ハラスメント初期兆候の見抜き方

 企業の労務相談を受けていると、経営者や管理職からよく聞く言葉があります。

 「うちはハラスメントなんて起きていませんよ」
 「社員同士の仲もいいし、トラブルなんてありません」

 しかし、こうした“自信のある会社”ほど、実はハラスメントの初期兆候を見逃しているケースは少なくありません。

 ハラスメントは、問題が表面化した時点では、すでに「後半戦」に入っていることがほとんどです。

 本当に重要なのは、問題が深刻化する前の小さなサインに気づき、早い段階で適切に対応することです。

 今回は、企業が見落としがちなハラスメントの初期兆候と、その背景にある組織のリスクについて解説します。

 

1.「相談がない=問題がない」という誤解

 相談窓口を設置していても、相談が一件も寄せられない会社は珍しくありません。

 しかし、相談件数がゼロだからといって、問題もゼロとは限りません。

 むしろ、相談がない会社には次のような特徴が見られることがあります。

 ・上司が「絶対的な存在」となっている

 ・「迷惑をかけてはいけない」という空気が強い

 ・ミスや弱音を言いづらい職場風土がある

 ・相談窓口の役割や利用方法が十分に周知されていない

 ・過去に相談した人が不利益を受けたという噂がある

 このような環境では、社員は「相談しても変わらない」「自分が我慢すれば済む」と考え、声を上げることをためらってしまいます。

 つまり、相談がないのではなく、「相談できない」状態になっている可能性があるのです。

 

2.初期兆候は「行動の変化」に現れる

 ハラスメントは、突然大きな問題として現れるわけではありません。

 その多くは、本人の小さな行動の変化として表れます。

 例えば、

 ・以前より報告・連絡・相談が減った

 ・朝の表情が暗く、覇気がなくなった

 ・昼休みを一人で過ごすようになった

 ・チーム内で特定の人だけ雑談に入れなくなった

 ・退勤時間が極端に早くなった、あるいは遅くなった

 ・メールやチャットの文面が必要最低限になった

 ・「大丈夫です」「問題ありません」という言葉が増えた

 こうした変化は、本人がまだ「我慢できる」と感じている段階で見られることが少なくありません。

 なお、これらの変化は、必ずしもハラスメントが原因とは限りません。心身の不調や家庭の事情、業務上の負担など、さまざまな要因が背景にある可能性があります。

 だからこそ、「本人の問題」と決めつけるのではなく、「何か困っていることはないか」という視点で丁寧に状況を確認することが重要です。

 

3.経営者・管理職が陥りやすい「正常性バイアス」

 「うちは問題ない」と思い込んでしまう背景には、「正常性バイアス」と呼ばれる心理的な傾向があります。

 これは、自分にとって都合の悪い情報を過小評価し、「大丈夫だろう」「うちには関係ない」と考えてしまう心理です。

 経営者や管理職は、特に次のような理由から、このバイアスに陥りやすい傾向があります。

 ・自分が築いてきた組織への過信

 ・問題が起きると自らの責任になるという心理

 ・売上や日々の業務に追われ、気になることを後回しにしてしまう

 ・「うちは家族的な会社だから大丈夫」という思い込み

 こうした心理が、小さな違和感を見逃す原因になります。

 

4.初期兆候を見抜くための「組織の健康診断」

 初期兆候を見抜くためには、日常の中で「変化」に気づく仕組みづくりが重要です。

 

① 1on1では「雑談の質」にも注目する

 業務報告だけで終わる1on1では十分とはいえません。

 表情や声のトーン、話すスピード、言葉の選び方など、非言語的な変化にも目を向けることで、小さな異変に気づきやすくなります。

 

② チーム内の「沈黙」を見逃さない

 会議で発言しなくなった人はいないか。

 雑談や笑いの輪に特定の人だけ入れていないことはないか。

 こうした日常の小さな変化は、人間関係の悪化を示すサインである場合があります。

 

③ 行動パターンの変化を把握する

 急な有給休暇の取得が増える、遅刻や早退が目立つ、業務ミスが増えるといった変化も、注意すべきサインの一つです。

 背景には、ハラスメントだけでなく、心身の不調や業務負担などが隠れている場合もあります。まずは変化に気づき、丁寧に話を聴く姿勢が重要です。

 

④ 「小さな違和感」を共有・記録する

 「何となく様子がおかしい」という違和感は、決して軽視すべきものではありません。

 一方で、一人の管理職の思い込みだけで判断することも避ける必要があります。

 人事担当者や複数の管理職で情報を共有し、多面的に状況を確認できる仕組みを整えておくことで、早期対応につながります。

 

5.ハラスメントは経営リスクでもある

 ハラスメントへの対応が遅れると、被害を受けた社員だけでなく、会社にも大きな影響が及びます。

 例えば、

 ・労災請求や精神障害に関する労災認定

 ・安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求

 ・労働局への相談やあっせん

 ・SNS等による企業イメージの低下

 ・離職者の増加や採用活動への悪影響

 といった経営上のリスクにつながる可能性があります。

 

 また、初期の段階で適切に対応できれば、行為を受けた社員だけでなく、指導方法やコミュニケーションに課題があった社員に対しても早期に気づきを促すことができ、結果として当事者双方への適切な支援につながります。

 ハラスメント対策は、問題が起きてから対応するものではなく、問題が起きにくい職場環境を整えるためのリスクマネジメントでもあるのです。

 

6.経営者が今日からできる「予防の一歩」

 まずは、次のような取組から始めてみてはいかがでしょうか。

 ・「うちは問題ない」という思い込みを持たない

 ・初期兆候を確認するチェックリストを作成する

 ・管理職同士が違和感を共有できる仕組みを整える

 ・相談窓口の役割や利用方法を定期的に周知する

 ・ハラスメント研修を「義務」ではなく「組織への投資」と位置付ける

 

 厚生労働省も、ハラスメント対策では「相談しやすい職場づくり」と「早期把握・早期対応」の重要性を示しています。

 相談があってから対応するのではなく、相談しやすい環境そのものを整えることが、実効性のあるハラスメント対策につながります。

 

まとめ

 「うちは問題ない」と思っている会社ほど、ハラスメントの初期兆候を見逃しやすいものです。

 ハラスメントは、突然大きな問題として発生するのではなく、日常の小さな違和感や行動の変化から始まることが少なくありません。

 本当に重要なのは、問題が起きてから適切に対応することではなく、問題が起きにくい職場環境をつくることです。

 日頃から社員の変化に目を配り、小さな違和感を組織で共有し、早い段階で対話を重ねることが、社員を守り、組織を守り、企業の持続的な成長にもつながります。

 「うちは問題ない」という安心感ではなく、「どの会社でも起こり得る」という危機管理の視点を持つことが、健全な職場づくりの第一歩ではないでしょうか。

 

第8回:新卒紹介に100万円? オワハラ問題の“本当の原因”はどこにあるのか

最近、読売新聞が「オワハラ(就活終われハラスメント)」について大きく報じていました。

 記事では、学生に対して
「内定を受けたら就活は続けられない」
「内定を辞退するなら採用コストを請求する」
「この場で他社に選考辞退の電話をかけて」
など、強い圧力をかける実態が紹介されていました。

 読んでいて、胸が痛くなるような内容でした。

 ただ、この問題は単なる“悪質な担当者の暴走”として片付けるべきではないと思います。

 むしろ、現在の新卒採用市場には、オワハラが発生しやすい構造そのものが存在しているのです。

 

■ 新卒紹介の手数料は100万円前後が相場

 新卒紹介の世界では、1人の内定につき企業から100万円前後を報酬を受け取るのが一般的です。

経験者採用であれば、企業が即戦力を求める以上、高額手数料にも一定の合理性があります。

しかし、新卒は違います。

職務経験ゼロの学生を紹介するだけで、100万円前後の手数料が動く。
この構造には、やはり無理があるように感じます。

 

■ オワハラは「個人の問題」ではなく「構造の問題」

 もちろん、すべての紹介会社が問題行為を行っているわけではありません。

 多くの担当者は、学生と企業の双方に真摯に向き合っていると思います。

 しかし一方で、現行の報酬構造そのものが、過度な囲い込み圧力を生みやすいことも事実です。

 特に、以下のような要因が重なることで、オワハラは起きやすくなります。

 

● ① 新卒は辞退率が高い

 新卒市場では、学生が複数社から内定を得ることが珍しくありません。

 当然、辞退も発生します。

 しかし、紹介会社にとっては、辞退されると売上がゼロになります。

 だからこそ、「辞退させない」方向に強い力が働くのです。

 

● ② 企業側も“確実な入社”を求める

 企業側も、深刻な採用難の中で紹介会社に高額な費用を支払っています。

 そのため、「100万円近く払うのだから、確実に入社してほしい」

 と考えるのは自然な流れです。

 結果として、その期待が紹介会社への強いプレッシャーになります。

 

● ③ 学生が“商品化”されやすくなる

 手数料が高額であるほど、学生は「売上の対象」として扱われやすくなります。

 本来であれば最優先されるべき学生本人の意思よりも、

 ・どの企業へ入社させるか

 ・いつ承諾させるか

 ・辞退をどう防ぐか

 が重視されやすくなる。

 その結果として、オワハラが発生しやすくなるのです。

 

■ 新卒市場には“公共性”がある

 私は、経験者採用については、ある程度市場原理で動いてよいと思っています。

 しかし、新卒市場は少し性質が違います。

 新卒採用は、学生が人生で初めて本格的に参加する労働市場です。

 社会経験や交渉経験が十分ではない中で、強い囲い込み圧力を受ければ、冷静な判断が難しくなる場面も少なくありません。

 さらに、日本の新卒一括採用は、人生のスタート地点に近い意味を持っています。

 ここでのミスマッチや過度な圧力は、その後のキャリアにも大きな影響を与えます。

 だからこそ、新卒市場には一定の公共性があり、完全な市場原理だけに委ねるべきではないと感じます。

 

■ 厚労省は「新卒紹介手数料の上限」を検討すべき

 現在のような高額成功報酬型モデルは、どうしても「囲い込み圧力」を生みやすくなります。

 そのため、国として一定のルール整備を検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。

 例えば、以下のような制度設計は十分考えられると思います。

 ・新卒紹介手数料に上限を設定する(例:年収の10〜15%程度)

 ・成功報酬一本ではなく、「定額+低率成功報酬」へ移行する

 ・オワハラ行為を明確に禁止する法規定を整備する

 ・企業側による過度な囲い込み要求も規制対象にする

 ・適正な紹介を行う事業者への認証制度を設ける

 もちろん、急激な規制は市場の混乱を招く可能性もあります。

 そのため、段階的な導入や経過措置を含め、現実的な制度設計が必要になるでしょう。

 

■ 最後に

 オワハラは、単なる担当者個人の人格の問題ではありません。

 ・高額手数料

 ・成果報酬偏重

 ・新卒市場特有の弱い立場

 ・採用競争の激化

 こうした構造が重なることで、現場に強い圧力が生まれています。

 制度の歪みが、現場のトラブルを生む。
 これは労働の世界では、決して珍しいことではありません。

 学生が安心して就職活動に向き合える環境を整えるためにも、新卒紹介ビジネスのあり方については、そろそろ社会全体で議論すべき時期に来ているのではないかと感じます。

 

第1回:「上に伝えます」という決まり文句が、クレームをカスハラに変えてしまう理由

― 誠実さの欠如が生む“怒りの連鎖”をどう断ち切るか ―

 

 

 クレームの電話をした際、「お客様のご意見として上に伝えます」というフレーズを聞いたことがある方は多いと思います。

 一見すると丁寧な対応のようですが、実際には 「どうせ伝えないだろう」「その場しのぎでやり過ごしているだけだ」と感じさせてしまうケースが少なくありません。

 そして、この“空虚な決まり文句”こそが、 正当なクレームをカスタマーハラスメント(カスハラ)へと発展させる原因の一つ になっていると私は考えています。

 

クレームを入れる人の多くは「怒りたい」のではない

 クレームを入れる人の目的は、「事実を伝え、改善してほしい」 という極めて合理的なものです

ところが、返ってくるのが

「上に伝えます」

というテンプレ回答だけだと、利用者はこう受け取ります。

・真剣に聞いていない

・何も変わらない

・こちらの話を軽く扱っている

・責任を取る気がない

つまり、対話が成立していないと感じるわけです。

 

■ 人は「扱われ方」に怒る

 心理学的にも、 人は“事実そのもの”よりも 自分がどう扱われたかに強く反応します。

たとえミスがあっても、

・丁寧に話を聞く

・事実確認をする

・対応できる範囲を説明する

 こうした誠実な姿勢があれば、怒りは沈静化します。

 逆に、 「伝えます」→実際は何もしない という不誠実な対応は、利用者にとって“侮辱”に近い体験になります。

その結果、

・もっと強く言わないと動かないのか

・責任者を出せ

・ふざけるな

とエスカレートしやすくなる。

これは、まさにクレームがカスハラへ変わる瞬間です。

 

■ 現場オペレーターの事情も背景にある

コールセンターや店舗スタッフは、

・権限がない

・判断できない

・マニュアル以外の発言は禁止

・上司に繋ぐなと言われている

という構造の中で働いています。

そのため、「伝えます」以外の言葉を使えない という現実があります。

しかし、利用者から見ればそんな事情は関係ありません。 結果として、 “誠実さの欠如”として受け取られ、怒りが増幅する という悪循環が起きてしまいます。

 

■ ガイドラインも「誠実な一次対応」を重視している

農林水産省の「飲食店向けカスハラ対策ガイドライン」でも、 一次対応の質がカスハラ防止の第一歩 と明記されています。

・まずは話を遮らずに聴く

・事実確認を行う

・店として対応できる範囲を説明する

・対応できない理由も丁寧に伝える

これらを行うことで、 正当なクレームは改善につながり、カスハラへの発展を防ぐ 

という考え方です。

 

■ 結論:決まり文句は「火に油」

「上に伝えます」というフレーズは、本来は丁寧な言い回しのはずなのに、実際には利用者の不信感を強め、 怒りを増幅させる結果になりがちです。

つまり、 企業側の“誠実さの欠如”がカスハラを誘発している 

という側面を無視することはできません。

 

■ 企業が取るべき対策

・形式的な言い回しをやめる

・事実確認を必ず行う

・対応できる範囲・できない範囲を明確に説明する

・記録の残し方を透明化する

・必要に応じて責任者へエスカレーションする

これらは、従業員を守るためにも、 利用者との信頼関係を守るためにも欠かせません。

 

■ おわりに

 カスハラ対策というと、「悪質な客から従業員を守る」という視点が強調されがちです。

 しかし実際には、企業側の不誠実な一次対応が、怒りを増幅させているケースも多い という現実があります。

 利用者も従業員も、どちらも“人”です。

だからこそ、 誠実なコミュニケーションこそが、カスハラ防止の最も有効な手段 だと私は考えています。