医療費「原則3割負担」をめぐる議論は、制度の前提を変えることにならないのか

― 若い頃に支え、高齢期に支えられる。その約束は守られるべきではないか ―

 

 近年、高齢者医療制度の見直しをめぐり、「高齢者の自己負担割合を引き上げるべきではないか」という議論が進んでいます。

 医療費の増加や現役世代の負担の重さを考えれば、制度改革が必要であることは間違いありません。

 しかし、その一方で私は、あまり議論されていない重要な視点があると感じています。

 

 それは、

 日本の医療保険制度は、若い頃に保険料を負担し、高齢期に給付を受けるという生涯設計を前提として成り立っているのではないか

 という点です。

 

医療保険制度は「世代間」だけでなく「世代内」の支え合いでもある

 医療保険制度というと、「現役世代が高齢者を支える制度」と説明されることが少なくありません。

 もちろん、それは事実です。

 しかし実際には、それだけではありません。

 多くの人は20代から60代まで保険料を負担し続けます。

 一方で、その期間に医療機関を利用する機会は比較的少なく、支払う保険料に比べて給付を受ける額は限定的です。

 反対に、高齢期になると医療機関を利用する機会が増え、医療保険から受ける給付額も大きくなります。

 つまり医療保険制度には、

「若い頃に支え、高齢になったら支えられる」

 という人生全体を通じた相互扶助の側面があります。

 

高齢期の負担増は制度への信頼に影響しないか

 現在議論されている高齢者の自己負担割合の見直しは、制度の持続可能性を確保するという点では理解できる部分があります。

 しかし一方で、

 「長年保険料を負担してきたのに、給付を受ける段階になって条件が変わる」

 という受け止め方をする人がいることも事実でしょう。

 もちろん社会保障制度は時代に応じて見直されるものであり、将来にわたって制度内容が固定されるわけではありません。

 それでも、制度への信頼を維持するためには、

 『なぜ変更が必要なのか』
 『誰にどのような負担を求めるのか』
 『どのような経過措置を設けるのか』

 を丁寧に説明することが不可欠です。

 

なぜ負担増の議論が起きるのか

 背景には、人口構造の大きな変化があります。

 ・団塊世代が後期高齢者となり医療費が増加している

 ・現役世代の人口が減少している

 ・保険料負担だけでは制度維持が難しくなっている

 こうした事情から、高齢者にも一定の負担を求めるべきだという意見が出てきています。

 制度を維持するための議論としては避けて通れないテーマでしょう。

 

本当に必要なのは「負担増」だけなのか

 ただし、制度改革の選択肢は高齢者負担の引上げだけではありません。

 例えば、

 ・現役世代の保険料負担の見直し

 ・医療の効率化

 ・予防医療の推進

 ・重複受診や過剰医療の抑制

 ・世代間負担の再調整

 など、さまざまな方法が考えられます。

 重要なのは、どの世代か一方だけに負担を集中させるのではなく、国民が納得できる形で負担と給付のバランスを設計することです。

 

「制度への信頼」もまた社会保障の重要な財産

 社会保障制度は、お金だけで成り立っているわけではありません。

 「将来も制度が機能する」という国民の信頼があって初めて成り立ちます。

 だからこそ、制度改革を行う際には財政面だけでなく、

 『これまで負担してきた人が納得できるか』
 『将来世代が安心して保険料を負担できるか』

 という視点も欠かせません。

 

 医療費負担の見直しは必要な議論です。

 しかし同時に、制度の持続可能性だけでなく、制度への信頼をどう守るのか。

 その点も含めて議論されるべきではないでしょうか。

 

医療・介護・福祉の現場を守るために、いま必要なのは「慣習を壊す覚悟」

最近、読売新聞に、医師や看護師などの紹介手数料が年間約900億円に達し、病院経営を圧迫しているという記事が掲載されていました。

 記事では、ある病院がハローワークに求人を出しても応募がほとんどなく、中途採用の約8割を民間紹介会社に頼らざるを得ない実態が紹介されています。

 看護師が民間紹介会社を利用する理由としては、「条件交渉を代行してくれる」「転職活動の負担が少ない」など、利便性の高さが挙げられていました。

 一方で、病院側は「紹介手数料を削減したいが、採用できない以上、利用せざるを得ない」と苦しい現状を語っています。

 さらに、日本医師会は厚生労働省に対し、紹介手数料の上限設定を求めていますが、厚労省は慎重姿勢を示しつつ、ハローワーク機能の強化などで対応を進める方針とのことです。

 

■ 私が強く感じたこと

 この記事を読み、私は改めて強い危機感を覚えました。

 このままでは、医療・介護・福祉の事業所が疲弊し、最終的に大きな影響を受けるのは国民生活そのものです。

 紹介手数料が高騰し続ければ、

 ・病院
 ・介護施設
 ・保育園
 ・障害福祉事業所

 など、公共性の高い事業所ほど経営負担が重くなります。

 現場の人手不足はすでに深刻です。

 そこに高額な採用コストが重なれば、経営を直撃します。

 これは単なる“市場原理”ではなく、長年にわたり公的採用インフラの機能強化が十分に進まなかった結果でもあると私は感じています。

 

■ 「できない」のではなく、「変えてこなかった」

 私はこう考えています。

 民間紹介会社に優秀なリクルーターが集まっているのであれば、公的機関がそのノウハウを取り込み、専門人材として活用することは十分可能です。

 例えば、

 ・医療・介護・福祉分野に詳しい人材を
 ・公的機関が専門職として採用し
 ・ハローワークに専門採用部門を設置する

 こうした仕組みが整えば、現場の負担は大きく変わるはずです。

 さらに、完全無料にこだわるのではなく、一定の上限を設けた適正料金制を導入すれば、制度維持の 財源確保も現実的です。

 制度的にも、技術的にも、不可能な話ではありません。

 それでも大きく変わってこなかった背景には、従来の制度運用や組織文化を変える難しさがあるのだと思います。

 

■ 背景にある構造的な問題

 厚労省が抜本的改革に踏み込みにくい背景には、

 ・公務員制度の硬直性
 ・巨大化した人材紹介市場
 ・縦割り行政
 ・前例踏襲型の運用
 ・責任回避を優先しやすい組織文化

 など、複数の構造的課題が存在しているように感じます。

 しかし、医療・介護・福祉は、国民生活を支える基盤です。

 この分野の人材確保を、完全に民間市場任せにしてよいのかは、改めて議論されるべき時期に来ているのではないでしょうか。

 

■ いま必要なのは「慣習を見直す覚悟」

 医療・介護・福祉は、社会インフラそのものです。

 ここが崩れれば、日本社会全体に大きな影響が及びます。

 だからこそ、従来の慣習や制度を前提とするだけではなく、現実に合わせて仕組みを見直していく必要があると思います。

 私は、次のような改革は十分現実的だと考えています。

 

■ 私が提案する現実的な改革案

① 医療・介護・福祉の採用を「公的インフラ」として強化する

 ・専門リクルーターを公的機関で活用
 ・ハローワークに専門部門を設置
 ・SNSやスカウト機能なども積極活用
 ・求人票だけに依存しない採用支援へ転換

 

② 「完全無料」ではなく、上限付きの適正料金制を導入する

 ・1人あたり10〜20万円程度の上限設定
 ・民間紹介会社より大幅に低コスト
 ・制度維持の財源にも活用可能

 

③ 少なくとも新卒分野では、紹介手数料の一定規制を検討する

 新卒採用は公共性が高く、社会的影響も大きい分野です。

 過度な高額手数料については、一定のルール整備が必要ではないかと感じます。

 

■ 最後に

 医療・介護・福祉の現場は、すでに限界に近づいています。

 それにもかかわらず、「従来通り」で問題を先送りし続ければ、現場の疲弊はさらに進みます。

 必要なのは、単なる批判ではなく、現実に機能する仕組みを真剣に考えることです。

 そして、そのためには、
 過去の慣習を見直す覚悟が求められているのだと思います。

 私はこれからも、現場を支える制度のあり方について、実務家として発信を続けていきたいと思います。

 

36協定を“促進”する時代へ? ― 残業ありきの発想に、制度の本質はどこへ行ったのか

2026年5月8日の読売新聞の記事で、非常に気になる動きが報じられました。

 高市首相の指示を受け、自民党が政府に対し、「36協定や特別条項の締結について、労基署が企業へ指導・助言を行うべき」と提言したという内容です。

 背景には、「残業を増やしたい企業や労働者の要望に応える」という狙いがあるとされています。

 しかし、この提言には、36協定制度の本来の趣旨との間に大きな緊張関係を感じます。

 社労士として23年以上、現場で労務管理を見てきた立場からすると、今回の議論には強い違和感があります。

 

■ 36協定は「残業を推進する制度」ではない

 記事では、「時間外労働を可能とする36協定や特別条項を使う企業が一部にとどまっている」との趣旨の発言が紹介されていました。

 しかし、36協定は本来、“例外的に時間外労働を認めるための制度” です。

 本来の順番は、

 ・業務量の適正化

 ・業務改善・効率化

 ・人員配置や採用計画の見直し

 ・それでも対応できない場合に限り、36協定に基づき時間外労働を行う

 という流れであるはずです。

 

 2018年の働き方改革関連法では、長時間労働の是正が大きな柱となり、36協定にも時間外労働の上限規制が導入されました。

 つまり制度趣旨は一貫して、「残業の抑制」にあります。

 その中で、人手不足への対応として、業務改善や人員確保より先に“残業による補完”が前提化されるのであれば、制度本来の趣旨とのズレが生じかねません。

 

■ 特別条項は「臨時的・一時的」だから認められている

 記事でも、「特別条項を結ぶのは『臨時的な場合』に限ると法令で定められている」との指摘が紹介されていました。

 特別条項付き36協定は、通常の上限(月45時間・年360時間)を超える時間外労働を可能にする例外措置です。

 だからこそ、

 ・一時的な業務集中

 ・突発的な受注増

 ・臨時対応

 など、“臨時的・特別な事情” が求められています。

 これを、

 ・慢性的な人手不足

 ・恒常的な業務量過多

 ・採用難

 といった問題への対応手段として常態化させれば、制度の歯止め機能そのものが弱まりかねません。

 労働団体から懸念の声が上がるのも、制度趣旨を考えれば自然なことだと思います。

 

■ 労基署の役割との整合性はどう考えるのか

 記事では、「労基署は長時間労働を防ぐ目的で、一律月45時間以内に抑えるよう指導している」

とも紹介されています。

 本来、労基署の役割は、

 ・長時間労働の是正

 ・過重労働の防止

 ・労働時間管理の適正化

 ・法違反の是正指導

 にあります。

 もちろん、法令に沿った36協定締結について行政が助言すること自体は否定されるものではありません。

 しかし、「残業を増やしやすくする方向」での制度運用が前面に出れば、これまで進めてきた長時間労働是正との整合性が問われることになります。

 

■ 人手不足への対応を「残業」に依存してよいのか

 現在、多くの企業が深刻な人手不足に直面しています。

 その現実は理解できます。

 ただ、本来優先されるべきなのは、

 ・業務改善

 ・DX化・効率化

 ・生産性向上

 ・適正な人員配置

 ・採用・定着施策

 といった経営課題への対応です。

 これらへの取り組みより先に、“残業で埋める”ことが前提化してしまえば、長期的には組織疲弊や人材流出を招く可能性もあります。

 特に中小企業では、「人が辞めない職場づくり」そのものが、これまで以上に重要になっていると感じます。

 

■ 働き方改革を形骸化させないために

 2018年の働き方改革関連法以降、日本社会は、

 ・長時間労働の是正

 ・過労死防止

 ・多様な働き方の実現

 を重要課題として進めてきました。

 今回の議論は、人手不足という現実への対応策として出てきたものだと思われます。

 しかし、その対応が「残業を増やしやすくする方向」に偏れば、これまで積み上げてきた働き方改革の流れを弱めることにもつながりかねません。

 制度には必ず「趣旨」があります。

 36協定は、本来、「時間外労働を例外的に認めるための歯止め」として存在している制度です。

 人手不足への対応として残業を前提化するのではなく、

 ・業務改善

 ・生産性向上

 ・適正な人員配置

 を優先することこそ、本来求められるべき方向ではないでしょうか。

 制度の趣旨を見失った運用は、結果として働き方改革そのものを形骸化させる危険性があります。

 

残業規制の「緩和」提言──人手不足を“時間”で埋める発想は、もう限界だ

残業規制の「緩和」提言

──人手不足を“時間”で埋める発想は、限界に近づいている

 

最近の報道によれば、自民党は

・労基署による残業削減指導の運用見直し
・現行制度の範囲内で「残業しやすくなる」環境整備

を盛り込んだ提言案をまとめたとされています(共同通信)。

 

■ この提言が示す方向性とは何か

この動きが示しているのは、

「人手不足は残業で補う」

という発想の延長線上にある政策です。

しかし、現在の日本企業を取り巻く環境は、すでにその前提が成り立たなくなっています。

 ・深刻な人手不足

 ・生産性の伸び悩み

 ・長時間労働に対する社会的規制の強化

こうした状況の中で、残業をしやすくする方向に政策が動けば、
長時間労働への回帰を招くリスクがあると言わざるを得ません。

 

■ なぜ企業は「残業」に頼らざるを得ないのか

一方で、現場の企業側にも事情があります。

 ・採用が困難で人員が確保できない

 ・業務の属人化が進み、効率化が難しい

 ・価格転嫁ができず、人件費を増やせない

このような状況では、

「人を増やす」「業務を抜本的に見直す」よりも
“残業で乗り切る”という選択が現実的になってしまう

という構造があります。

私は実務の中でも、このジレンマを抱える中小企業を数多く見てきました。

 

■ 本来求められるのは「労働時間の緩和」ではない

こうした状況だからこそ、必要なのは

 ・業務プロセスの見直し

 ・IT・DXの導入による効率化

 ・中小企業への生産性向上支援

 ・適正な人員配置

 ・長時間労働に依存しない賃金設計

といった、構造的な改善です。

つまり、

👉「時間で稼ぐ」から「生産性で稼ぐ」への転換

が不可欠です。

 

残業規制を緩める方向に進めば、企業は

「改善」ではなく「時間で埋める」

という短期的な対応に流れやすくなります。

 

■ 過労死防止の流れに逆行するリスク

日本はこれまで、

 ・過労死問題

 ・長時間労働

 ・メンタルヘルス不調

といった課題に対し、制度的な対応を積み重ねてきました。

労基署による指導は、
長時間労働を抑制する最低限の安全装置として機能してきた側面があります。

その運用が緩和されれば、

👉「働かせすぎを防ぐ仕組み」が弱まる可能性

は否定できません。

 

■ まとめ:問われているのは“時間”ではなく“構造”

今回の提言に対して、

「人が足りないから残業で回すのか」

という疑問が生じるのは自然です。

しかし本質的な課題はそこではありません。

 ・人手不足

 ・生産性の低さ

 ・長時間労働依存

 ・中小企業の構造問題

これらを放置したまま、

👉「残業しやすくする」

という方向に進むことは、問題の先送りに過ぎません。

 

本当に必要なのは、

「働く時間を増やすこと」ではなく
「働く仕組みを変えること」

です。

この視点を欠いた政策は、
長期的には日本の労働環境そのものを悪化させる可能性があります。

 

氷河期世代の住宅問題・年金問題──「自己責任」ではなく、政策の失敗だ

最近、氷河期世代の住宅問題や年金に関する報道が相次いでいます。
しかし、当事者として言わせてもらえば、率直に言って強い違和感を覚えます。

「非正規が多いから年金が少なくなる」
「持ち家率が低いから老後が不安」

──こうした“結果”だけが切り取られ、あたかも個人の選択や努力の問題であるかのように語られているからです。

しかし本質はそこではありません。
これは明らかに、政策と制度設計の帰結として生じた構造的問題です。

 

■ 新卒採用抑制と非正規拡大──構造は人為的に作られた

氷河期世代が労働市場に参入した時期、企業は新卒採用を大幅に抑制し、公務員採用も同様に絞られました。

同時に、

 ・労働者派遣の対象業務拡大

 ・有期雇用の活用促進

 ・正社員以外の雇用形態の制度的容認

といった流れの中で、非正規雇用は急速に拡大しました。

さらに当時は、現在ほど社会保険の適用拡大も進んでおらず、結果として厚生年金に加入できない層が構造的に生まれたのです。

 

つまり、

「正社員になれなかった」のではなく、
「正社員として吸収される機会そのものが制度的に縮小していた」
というのが実態です。

 

■ 年金・住宅問題は“結果”であって“原因”ではない

こうした環境下に置かれれば、

 ・生涯賃金が伸びない

 ・厚生年金の加入期間が短くなる

 ・貯蓄形成が難しくなる

 ・住宅取得のハードルが上がる

という連鎖が起きるのは、むしろ当然の帰結です。

それにもかかわらず、
「年金が少ない」「住宅が確保できない」といった“結果”だけを取り上げるのは、議論として不十分です。

原因を見ずに結果だけを語るのは、問題の所在を個人に転嫁することに等しいからです。

 

■ 必要なのは「世代別支援」ではなく「普遍的な公助」

氷河期世代に限らず、

 ・低所得

 ・不安定雇用

 ・社会保険の脆弱性

 ・老後資金の不足

といった課題は、すべての世代に存在しています。

本来、社会保障の役割は明確です。

「困っている人を、世代に関係なく支えること」

しかし現実には、

 ・自助の強調

 ・共助の過度な依存

 ・公助の後退

という構造が続き、結果として「世代別支援」という分断的な対応が繰り返されています。

これは問題の解決ではなく、論点のすり替えに近いものです。

 

■ 氷河期世代は「自己責任論」の最大の被影響層

氷河期世代は、

 ・就職機会の著しい制約

 ・非正規雇用の固定化

 ・社会保険の適用格差

 ・資産形成機会の不足

といった複合的な不利益を受けてきました。

それにもかかわらず、
「自己責任」という言葉で整理されてきた経緯があります。

しかし実務の視点で見れば、これは個人要因ではなく、
労働市場政策と社会保障制度の設計の問題です。

 

■ 問題は世代ではなく「制度設計」にある

氷河期世代の問題は、特定世代の問題ではありません。

 ・非正規雇用の拡大

 ・実質賃金の停滞

 ・社会保険料負担の増加

 ・将来不安の固定化

これらは現在の若年層にも連続しています。

つまりこれは、過去の問題ではなく、
現在進行形の制度課題です。

 

■ まとめ:問うべきは「個人」ではなく「政策」

氷河期世代の住宅問題や年金問題を論じるのであれば、問うべきは個人の努力ではありません。

どのような政策と制度が、この状況を生み出したのか。

そして、

今後、同じ構造を繰り返さないために何を修正すべきか。

この視点を欠いた議論は、問題の本質に到達しません。

氷河期世代は、「努力しなかった世代」ではなく、
「努力と成果が結びつきにくい構造の中に置かれた世代」です。

この事実を直視することが、今後の制度設計を考える出発点になるはずです。

 

自転車は車道?歩道?──「1メートルルール」で顕在化した日本の道路インフラの限界

 最近、SNSで
「自転車が車道を走っていて車が追い越せない」
という動画をよく見かけます。

 コメント欄には必ずと言っていいほど、こんな意見が並びます。

 ・危ないなら歩道を走ればいい

 ・車の邪魔になるなら歩道を押して歩け

 ・自転車は車道を走る必要ないでしょ

 しかし、これらの意見は、現行の交通ルールと日本の道路環境を踏まえると、必ずしも現実的とは言えません。

 

■自転車は「原則、車道通行」がルール

 まず前提として、自転車は道路交通法上「軽車両」に該当します。
 そのため、原則:車道通行(道路交通法第17条)とされています。

 歩道を通行できるのは、以下のような例外に限られます。

 ・「自転車通行可」の標識がある場合

 ・13歳未満、70歳以上、身体の不自由な方

 ・車道通行が著しく危険でやむを得ない場合

 つまり、
「危ないから歩道へ」は一般ルールではなく例外規定です。

 

■日本の道路は「車道通行」を前提に設計されていない

 現実の道路環境を見てみると、

 ・片側1車線で余裕のない幅員

 ・路肩がほぼ存在しない

 ・路上駐車・停車車両が常態化

 ・自転車レーンの整備余地が乏しい生活道路

 といった状況が一般的です。

 このような環境では、自転車が安全に車道を走行する前提自体が成立しにくいのが実情です。

 

■「押して歩け」は現実的な代替手段にならない

「危ないなら歩道を押して歩けばいい」という意見もありますが、
 これを実務的に当てはめると、

 ・車が接近 → 押して歩く

 ・道幅が狭い → 押して歩く

 ・追い越し困難 → 押して歩く

 結果として、大半の区間で押して歩くことになり、移動手段としての合理性が失われます。

 これは、自転車利用の実態(通勤・通学・業務利用)とも整合しません。

 

■最大の論点は「やむを得ない」の不明確さ

 実務上の最大の問題はここです。

「車道通行が著しく危険でやむを得ない場合」

 この要件について、

 ・危険性の判断基準

 ・許容される区間

 ・警察の運用基準

 が明確に統一されていません。

 その結果、

 ・自転車利用者 → 危険回避で歩道へ

 ・ドライバー → 車道を走ること自体に不満

 ・取締機関 → 原則車道だが個別判断

 という解釈の分断が生じ、トラブルの温床となっています。

 

■制度とインフラの不整合が本質的課題

 欧州諸国では、

 ・自転車専用レーンの整備

 ・車道・歩道との明確な分離

 ・走行位置のルールが一貫

 しており、「どこを走るべきか」が明確です。

 一方、日本では、インフラ整備が不十分なままルールのみが存在している状態であり、現場では“状況判断”に委ねられています。

 

■まとめ(実務的視点)

 ・自転車は原則車道通行

 ・しかし現実の道路はその前提に適合していない

 ・歩道通行は例外であり、かつ判断基準が曖昧

 ・「押して歩け」は実用性を欠く

 ・結果として、利用者・ドライバー双方にストレスが生じる

 

■提言:必要なのは「ルール強化」ではなく「設計の見直し」

 この問題の本質は、モラルやマナーではなく、制度設計(ルール)とインフラ(道路構造)の不整合にあります。

 今後求められるのは、

 ・自転車通行空間の計画的整備

 ・「やむを得ない場合」の明確化

 ・ドライバー・自転車双方へのルールの再整理

 といった、実務に耐えうる制度設計です。

 感情論ではなく、再現性のあるルールと環境整備こそが解決策と言えるでしょう。

 

「子育て支援金制度が始まるけれど…現場から見える課題とこれからの支援のあり方」

2026年度から本格的に始まる「子育て支援金制度」は、医療保険制度を通じて財源を確保する仕組みで、実質的には社会保険料の追加負担となります。

 そのため、

 ・企業にとっては人件費の上昇

 ・従業員にとっては可処分所得の減少

 という影響が避けられません。

 特に中小企業では、賃上げや人材確保と同時並行でこの負担増に向き合う必要があり、現場では慎重な対応が求められます。

 

支援が「現在の子育て世帯」に集中している構造

 現在の少子化対策は、

 ・児童手当の拡充

 ・保育料の軽減

 ・医療費助成

など、すでに子育てをしている世帯に向けた支援が中心です。

 一方で、実務の現場で強く感じるのは、「これから子どもを持つ世代」への支援が相対的に弱いという点です。

 結婚や出産の意思決定に影響するのは、

 ・住宅費の高さ

 ・雇用の安定性

 ・長時間労働

 ・将来不安

 といった“入口のハードル”です。ここへのアプローチが弱いままでは、支援の効果が限定的になる可能性があります。

 

現役世代の負担増と「納得感」の設計

 制度の理念は理解できるものの、現場では、

 ・自身の子育て期には支援が少なかった世代

 ・今は負担だけが増える立場の人

 から、受益と負担のバランスに対する違和感が生じやすいと感じます。

 制度を持続させるためには、財源確保だけでなく、「なぜこの負担が必要なのか」を丁寧に説明し、納得感を得られる設計が不可欠です。

 

本質的な課題は「働き方」と「将来の見通し」

 少子化の背景には、金銭的な問題だけでなく、

 ・時間的余裕の不足

 ・キャリアの不透明性

 ・将来設計の難しさ

 といった複合的な要因があります。

 そのため、実務的には、

 ・労働時間の適正化

 ・生産性向上(DX・業務効率化)

 ・賃金水準の底上げ

 ・住宅政策との連動

 といった働く環境そのものの改善が欠かせません。これは企業経営とも密接に関わる領域であり、社労士として貢献できる部分でもあります。

 

■ おわりに

 子育て支援金制度は、子育てを社会全体で支えるという理念のもとに設計されています。 しかし、

 ・負担の在り方

 ・支援対象の偏り

 ・政策としての実効性

 については、今後も丁寧な検証が必要です。

 少子化対策の本質は「子育て支援」だけではなく、働く人全体の生活基盤をどう安定させるかという視点にあります。

 企業と働く人の双方にとって持続可能な仕組みを整えることが、 結果として日本の将来を支えることにつながるのではないでしょうか。

 

ジョブ型移行と40〜50代の“後払い賃金喪失”という不公平

① 導入:ジョブ型移行の裏で、静かに損をしている世代がいる

 最近、「ジョブ型雇用」への移行が話題になることが増えました。年功型は古い、これからは能力で評価する時代だ――そんな声もよく聞きます。

 でも、その議論の中で ほとんど語られていない世代がいます。それが、今の40〜50代の方々です。

 この世代は「失われた30年」で賃金がほとんど上がらず、ようやく収入が伸びるはずの時期に差しかかったところで、「これからはジョブ型だから、能力で決まります」と制度が変わってしまいました。

 正直なところ、若い頃に“後払い”として期待していた賃金が、丸ごと消えてしまったようなものなんですよね。

 

② 年功賃金って、実は“後払い”の仕組みだった

 年功賃金というと「年齢で給料が上がる仕組み」と思われがちですが、本質はもう少し違います。

 若い頃は低賃金でも、「将来、年齢とともに上がるから」という前提で働いてきた。つまり、若い頃の低賃金は“将来の後払い”で補う仕組みだったんです。

 40〜50代は、本来ならその“回収期”に入るタイミング。だからこそ、制度変更の影響が大きく出てしまいます。

 

③ ジョブ型への移行で起きたこと

 ジョブ型は「職務や能力で賃金を決める」仕組みです。年齢で自動的に上がることはなくなります。

 もちろん、ジョブ型そのものが悪いわけではありません。ただ、40〜50代にとっては、若い頃に我慢して働いた分の“後払い”が受け取れないまま制度だけ変わったという状況が起きています。

 これは、構造的に見ればかなり大きな不公平です。

 

④ 法的にはどう見られる?(制度変更の合理性)

 ここから少し専門的な話になりますが、賃金制度を変えるときには「合理性」が求められます。

ポイントは主に次の4つです。

・どれくらい不利益があるか

制度変更の必要性がどれほどあるか

・代わりの措置(経過措置など)があるか

・説明や労使交渉が十分だったか

40〜50代の場合、

・後払い賃金の喪失

・賃金の急減

・説明不足

・能力評価への移行に伴う支援不足

など、問題になりやすい点が多くあります。

 

⑤ 訴訟で争える可能性はあるのか

 結論から言うと、制度変更そのものを無効にするのは簡単ではありません。

ただし、

・不利益が大きすぎる

・経過措置が不十分

・説明義務を果たしていない

といった点は、争点になり得ます。

 特に「後払い賃金の喪失」は、不利益の大きさを示す重要な材料になります。

 

⑥ 実は“世代間の不公平”という社会問題でもある

 40〜50代の方々は、

・新卒採用時に就職氷河期でスタートラインの賃金が低い

・その後の30年は賃金がほぼ上がらない

・ようやく上がる時期にジョブ型へ移行

という“三重苦”を背負っています。

 これは、個人の努力ではどうにもならない構造的な問題です。もっと社会的に議論されるべきテーマだと感じています。

 

⑦ 企業に求められること

 制度変更が必要だとしても、40〜50代の不利益を和らげる工夫はできます。

・移行期間を長くする

・賃金の急減を避ける措置

・退職金の補填

・教育訓練の企業負担

・キャリア形成支援の強化

こうした配慮がなければ、制度変更の合理性が問われる可能性があります。

 

⑧ まとめ

 ジョブ型への移行は時代の流れかもしれません。でも、40〜50代の“後払い賃金の喪失”という問題は、決して軽く扱っていいものではありません。

 制度変更の合理性を丁寧に検証し、世代間の公平性を確保することが、これからの大きな課題だと思います。