大澤明彦

ご挨拶

 代表の大澤明彦です。社労士事務所で15年間実務経験を積み、開業致しました。

 当事務所は、「人を大切にする経営」を実現し、良好な労使関係を維持し、それにより、生産性の向上を事業主様とともに目指したいと思います。

 そのためには、きれいごとばかりを言っていては実現できません。時には苦言を呈することもあると思います。

 法律は、こうなっていますといった、役所へ問い合わせれば、わかるような杓子定規な回答はせず、今までの経験で蓄積された他社事例などを考慮し、今、何がこの会社にとってベストな選択なのかを考え、現実的なアドバイスを行っていきます。

 大手の事務所で長く働いてきましたが、大きな事務所は、定型的な対応をせざるを得ないためその点についてもどかしさを感じておりました。私が理想とする社労士像は、サザエさんに出てくる三河屋のサブちゃんのようなかゆいところに手が届くような対応ができる社労士です。

 何かお困りなことがございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。

 

経歴

 (学歴)

19913月 埼玉県立大宮高等学校卒

19963月 駒澤大学法学部法律学科卒

20103月 青山学院大学大学院法学研究科卒(修士<ビジネスロー>)

 

(職歴)

  大学卒業後、東京都世田谷区に本部のある医療法人グループの総務に就職し、健康診断事務、介護老人保健施設の開設準備、介護老人保健施設の総務及び介護保険請求事務に従事する(5年6ヶ月)。新入社員で入社後、4か月目から、理事長や総務課長とともにゼネコンとの建築関係の打ち合わせや東京都への開設許可申請書類の作成等新卒では経験できない貴重な経験をたくさんさせていただきました。施設の部屋の家具の色を理事長のご厚意で私に決めさせていただいたことが今でも印象に残っています。また、デイサービスでの送迎でお年寄りと触れ合うことで、誰かの役に立てる仕事のすばらしさを実感できました。この間に働きながら、社労士の勉強をし、資格を取得しました。

 

 資格を活かすために、医療法人を退職後、人材派遣会社の旧インテリジェンスの子会社で人事業務を経験しました(1年)。社員50名程度の小さな会社であったため、何でも一人で対応しなければならず、短い期間でしたが、人事業務全般について貴重な経験ができました。

 

 より社労士としての専門性を高めるため、退職後、町田市の社労士法人ジャパン・パーソネル・サポートに就職しました。当初は、個人事務所でしたが、2003年4月の法人化に伴い法人の役員である法人社員としていただきました。(5年3ヶ月)。ここで厳しいご指導をいただき、1人前に育てていただきました。ここでの実務経験が今の私の礎となっていると言えるほどです。

 

 その後、社労士法人SCS社労士事務センター市ヶ谷オフィス勤務(1年)を経て、i6コンサルティング社労士法人にマネージャーとして勤務(8年9ヶ月)しました。i6では、誰もが知っているような有名企業とお付き合いさせていただき、その大半が外資系企業で、従業員数1000名以上の大規模の事業所も担当しておりました。

 そして、2018年5月、個人事務所を開業致しました。

 

(社労士としての経歴)

●行政協力

・臨時労働保険指導員(2005年、2006年)

・算定相談コーナー相談員(2005年)

・未適用事業所巡回指導員(2005年、2006年)

・ねんきん相談コーナー臨時相談員(2007年)

 

●経験業種

ホテル、医療、福祉(介護、保育)、情報処理、理美容、製造、小売、医療機器、不動産、建設、派遣、請負業等。

ホテル業については、前職で全国展開されている外資系大手ホテルチェーンの手続および労務相談を担当しておりました。

 

●得意分野

就業規則の作成、変更(多数)、労務相談

 

  

(資格)

特定社会保険労務士(登録番号 第13010036号)

行政書士(1996年大学4年時に合格)

1種衛生管理者(2001年)

DCプランナー2級(登録番号200203-02-01204

銀行業務検定年金アドバイザー2級(2002年)

宅地建物取引主任者(2001年合格)

自己紹介

 中学生の時の夢は司法試験に合格し検事になること。高校までは、順調でしたが、現役の高校3年の時、大学受験に失敗し浪人、背水の陣で迎えた私大の第1志望の受験日当日、緊張のあまりお腹を壊し、試験に30分遅刻し撃沈。1年間を棒に振る結果となり、その翌日、翌々日の試験は、メンタルの弱さから、ショックで気持ちを切り替えられず、解答欄をずらして記入するなどの初歩的なミスが続き、3連敗。国立大学の2次試験は、試験当日38度以上の高熱を出し、朝、解熱剤を注射してもらいふらふらになりながら受験し失敗。唯一合格していた滑り止めで受験し合格した駒沢大学に入学。失意の中、それでも夢をあきらめきれずに勉強しましたが、学費を半額支払うため、奨学金を受け、アルバイトをしながらの勉強。予備校などには当然通えず、独学で受かるような頭もないため、挫折し夢をあきらめました。

 その後、公務員を目指しましたが、バブル崩壊のあおりを受け、採用予定は若干名で100倍を超える高倍率。コネも何もない自分は合格するはずもなく全滅。大学4年の秋に始めた就職活動では受けられる会社もほとんどなく、やっと見つけた病院事務の仕事に卒業ギリギリで内定をもらい就職しました。
 社労士試験は、病院で総務の仕事をする中で、何か仕事に役立つ資格を取りたいと思い、勉強をはじめ、4回目の試験で合格しました。行政書士試験は、公務員試験に落ちた悔しさから、試験科目が重なっているものも多いため、何か勉強した証が欲しいと思い受験し合格しました。
 大学院は、実務をこなす上でさらに法的な深い知識を身に着けたいのと、勉強や就職で失敗ばかりし、自信を失っていた自分を取り戻すために受験しました。仕事をしながらの通学は想像以上に大変でした。論文の提出前の年末は、ノロにかかってしまい1週間寝込んでしまい、提出期限前、徹夜に近い状況で何とか間に合わせ、無事卒業することができました。
 その他、ここには書ききれませんが、就職しても頭が固く、上司とぶつかり、止む無く会社を退職したりとしなくていい苦労ばかりしてきております。
 私生活では、8年前に肺炎を繰り返し入院していた当時1歳の誕生日を迎えた直後の娘がある日突然心肺停止に、辛うじて一命はとりとめましたが、低酸素脳症により植物状態になり、約9ヶ月集中治療室に入院し、一度も目を覚ますことなく、翌年の7月に亡くなり、精神的に大変辛く悲しい経験をしました。
 経歴を見ると順調に見えるかもしれませんが、夢破れ、挫折や失敗ばかりの人生を歩んでおります。これまでの経験を通じ、いま手にしている当たり前のことは、当たり前ではなく、普通に生活できることに日々、感謝の気持ちを持って生活していかなければならないことを学びました。また、娘のことでああしておけば助かったのではないかなど、後悔ばかりしておりましたので、後悔のない人生を歩めるように、今を大切に生きることを心がけております。

 このような私ですが、私を信頼していただいているお客様のことは、依頼してよかったと喜んでいただけるように精いっぱい頑張りますので、よろしくお願い致します。

 


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